今月の子どもさんび♪
「ふくいんのきしゃ」ふくいん子どもさんびか79

子供たちのためのお話:「自分の弱さを知って学んだこと」
(II コリント11:30)


聖書朗読:コリント人への手紙第二11章17節~30節
説教:「自分を誇る愚かさと自分の弱さを誇る賢さ」
普喜 幹治牧師
【本日の聖書箇所】
これから話すことは、主によって話すのではなく、愚か者として、自慢できると確信して話します。多くの人が肉によって誇っているので、私も誇ることにします。あなたがたは賢いので、喜んで愚か者たちを我慢してくれるからです。実際あなたがたは、だれかに奴隷にされても、食い尽くされても、強奪されても、いばられても、顔をたたかれても、我慢しています。 言うのも恥ずかしいことですが、私たちは弱かったのです。何であれ、だれかがあえて誇るのなら、私は愚かになって言いますが、私もあえて誇りましょう。彼らはヘブル人ですか。私もそうです。彼らはイスラエル人ですか。私もそうです。彼らはアブラハムの子孫ですか。私もそうです。彼らはキリストのしもべですか。私は狂気したように言いますが、私は彼ら以上にそうです。労苦したことはずっと多く、牢に入れられたこともずっと多く、むち打たれたことははるかに多く、死に直面したこともたびたびありました。ユダヤ人から四十に一つ足りないむちを受けたことが五度、ローマ人にむちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度、一昼夜、海上を漂ったこともあります。何度も旅をし、川の難、盗賊の難、同胞から受ける難、異邦人から受ける難、町での難、荒野での難、海上の難、偽兄弟による難にあい、 労し苦しみ、たびたび眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さの中に裸でいたこともありました。ほかにもいろいろなことがありますが、さらに、日々私に重荷となっている、すべての教会への心づかいがあります。だれかが弱くなっているときに、私は弱くならないでしょうか。だれかがつまずいていて、私は心が激しく痛まないでしょうか。もし誇る必要があるなら、私は自分の弱さのことを誇ります。
(コリント人への手紙 第二11:17-30)